故郷
母に久留米絣で織られたワンピースをプレゼントしてもらいました。
いろいろなところへ着ていくと「いい色」「ステキ」いってもらえてうれしいです。福岡県久留米市は母の故郷です。正確には久留米からまたバスやタクシーで行ったところですが、福岡空港から必ず久留米の駅を通ります。久留米市はタイヤや自転車のブリチストン、スニーカーを作っているMoonstarの企業が有名でしょうか。
母はお坊さんだった祖父のもと、7人兄弟の末っ子として生まれました。兄も姉もあとを継がなかったため、お寺は人の手に渡り、母も祖父母も関東へ移ってきました。移ってすぐに亡くなった祖父のお墓は九州のお寺にたてられ、私は小さいころから夏休みになると飛行機に乗ってお墓参りに来ていました。
子ども心に九州の空気が住んでいる所とちがうのを感じていました。
アブラゼミではなくクマゼミがwashiwashiwashiと啼いて日射しはたくましく、草木の緑が輝いていました。とりわけ堤防沿いを走るタクシーから眺める筑後川はいつもキラキラ輝いていました。それらの景色はみな私にとって原風景になっています。育った街より九州の方が〝故郷〟に感じてしまうのです。
人とっての〝故郷〟は暮らした月日の長さに左右されないのかもしれません。
日々暮らしていても親しみある自転車やスニーカーを目にすればうれしく、台風が近づいているというニュースを聞けば不安と心配が膨らみます。
そしておもいます。地震や大雨、津波などあらゆる災害で故郷をなくされた方々のことを。
自然災害ならば多少はあきらめがつくでしょうか。故郷はかたちを変えてしまっただけだと。けれども人災で故郷をなくされた方々の気持ちはおもい及びません。怒り、哀しみのほかになにも涌いてこないのではないでしょうか。
故郷を大切におもうと同時に愛する故郷をなくされた人々がいることを肝に命じておかなくてはとおもいます。
そしてもう二度と人災で故郷をなくすひとがあってはならないと強く、強くおもいます。
少し感傷的になってしまいました。暑さにうかされたのかもしれません。